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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)3672号 判決 1988年11月16日

原告

越牟田政亮

右訴訟代理人弁護士

野田底吾

羽柴修

古殿宣敬

被告

ゴールド・マリタイム株式会社

右代表者代表取締役

丹羽基

右訴訟代理人弁護士

田邉満

主文

一  原告が被告に対し労働契約上の地位を有することを確認する。

二  被告は原告に対し、金一七七六万〇六六〇円及び内金三二五万二二六〇円に対する昭和六三年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は原告に対し、昭和六二年四月以降毎月二五日限り月額金四六万七五八〇円の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

六  この判決は第二、三及び五項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、二、五項同旨

2  被告は原告に対し、昭和六二年四月以降毎月二五日限り月額金四六万八〇八〇円の割合による金員を支払え。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、海運代理、仲立等を主たる業務内容とし、肩書地に本社のほか東京、横浜、神戸に各支店を有し、従業員約一二〇名を擁する株式会社である。

原告は昭和三三年一二月被告に入社し、昭和五六年一二月からは本社ビルマ部経理本部長となつた。

2  被告は原告に対し、昭和五九年一二月六日付けで株式会社辰巳商会(以下「辰巳商会」という。)への出向(以下「本件出向」という。)を命じた(以下「本件出向命令」という。)。

3  被告は原告に対し、同年一二月二四日付書面をもって、正当な理由がなく本件出向命令を拒否したこと、同月六日ないし二八日の有給休暇申請に対する不許可を無視し欠勤したこと、出向先に着任しない理由を書面で明らかにしなかったことを理由として、同月二七日付けで諭旨解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

4  しかしながら、原告には何ら懲戒事由に該当する行為はなく、本件解雇は無効であり、原告は被告に対し労働契約上の地位を有する。

5  原告は被告の従業員として次の賃金を毎月二五日に請求しうる。

(一) 昭和五九年一二月時点の賃金

<1>基本給四〇万〇五〇〇円、<2>家族手当二万一五〇〇円、<3>役付手当二万三〇〇〇円、<4>福利厚生援助金六五八〇円 合計四五万一五八〇円

(二) 昭和六〇年四月時点の賃金

<1>基本給四一万二〇〇〇円、<2>家族手当二万一五〇〇円、<3>役付手当二万三〇〇〇円、<4>福利厚生援助金六五八〇円 合計四六万三〇八〇円

(三) 昭和六一年四月時点の賃金

<1>基本給四一万七〇〇〇円、<2>家族手当二万一五〇〇円、<3>役付手当二万三〇〇〇円、<4>福利厚正援助金六五八〇円 合計四六万八〇八〇円

6  原告は被告の従業員として次の一時金を請求しうる。

(一) 昭和六〇年六月五日支給日の夏季一時金 一三〇万〇五〇〇円(右5(二)の<1>と<2>の合計額の三か月相当分)

(二) 昭和六〇年一二月五日支給日の冬季一時金 一三〇万〇五〇〇円(右(一)と同じ)

(三) 昭和六一年六月五日支給日の夏季一時金 一三一万五五〇〇円(右5(三)の<1>と<2>の合計額の三か月相当分)

(四) 昭和六一年一二月五日支給日の冬季一時金 一三一万五五〇〇円(右(三)と同じ)

7  昭和六〇年一月から昭和六二年三月までの賃金及び一時金の合計額は以下のとおり一七七六万〇六六〇円である。

昭和六〇年一月ないし三月の賃金 合計一三五万四七四〇円

昭和六〇年四月ないし昭和六一年三月の賃金 合計五五五万六九六〇円

昭和六一年四月ないし昭和六二年三月の賃金 合計五六一万六九六〇円

昭和六〇年の年間一時金 合計二六〇万一〇〇〇円

昭和六一年の年間一時金 合計二六三万一〇〇〇円

8  よって、原告は被告に対し、労働契約上の地位を有することの確認を求めるとともに、労働契約上の賃金請求権に基づき昭和六〇年一月から昭和六二年三月までの賃金及び一時金の合計額一七七六万〇六六〇円及び内金三二五万二二六〇円に対する昭和六三年四月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに昭和六二年四月以降毎月二五日限り月額四六万八〇八〇円の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の主張は争う。

3  同5の事実のうち、原告の昭和五九年一二月時点の賃金額については認めるが、その余の時点の賃金額については否認し、原告が賃金請求権を有するとの主張は争う。

4  同6及び7の事実は否認する。

三  抗弁

1  本件出向命令の経緯及び原告の承諾

(一) 原告は、昭和五四年九月に神戸支店長代理から本社ロイヤルコンテナーライン本部長に転出し、昭和五六年一二月にビルマ部が新設されるに伴って同部経理本部長となった。被告が、原告を神戸支店長代理から本社へ配転したのは、原告の勤務状態が極めて不良であるので、被告の斉藤取締役の統括下におくこととしたものである。

(二) 原告は、ビルマ部の長であるのに同部における管理業務を行わず、そのうえ所在不明や無断早退を繰り返し、斉藤取締役の再三の注意にもかかわらずその態度は改まらなかった。昭和五九年二月一六日本船揚げ貨物の処理に関し緊急を要する事項が突発的に発生し、ビルマ部の他の二名が欠勤したため社員の小丸が一人で多忙を極めて対応していたにもかかわらず、原告はこのことを知りながら無断で早退してしまった。

被告は翌一七日原告に対し、右一六日の無断早退等の行為が就業規則所定の懲戒事由に該当するとして、同月二〇日付けで原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした(以下「第一次解雇」ということがある。)。

(三) 原告は、右懲戒解雇に対し、昭和五九年五月二日大阪地方裁判所に地位保全の仮処分を申請し、同裁判所は同年一一月一二日「原告の本部長としての勤務ぶりには相当問題を有していたことは否定できないが、諸般の事情を考慮すると懲戒解雇処分は厳しすぎ懲戒権の裁量の範囲を著しく超えているというべきである。」として申請を認容する決定をした。

(四) 被告は、昭和五九年一一月二六日原告に対する第一次解雇を取り消すとともに、原告を本部長より部長に降格する旨の懲戒処分をした。

(五) 被告は原告を職場に復帰させることとしたが、斉藤取締役がビルマ部長を兼務しその指揮監督下において小丸を課長代理として実質的な部長代理の職務を遂行させていたので、原告を原職に復帰させる余地はなかった。しかも他部門でも原告の受け入れを拒否し被告内には配置する場所がなかったので、被告は原告を業務提携先である辰巳商会に出向させることとした。

(六) 被告は原告に対し、昭和五九年一一月二六日、同年一二月三日付けをもって辰巳商会に出向するよう命じた。

(七) 原告は被告に対し、同年一一月三〇日、本件出向命令を承諾し、同年一二月四日辰巳商会に着任する旨約した。

2  本件出向命令の適法性

原告が本件出向命令を承諾したと認められないとしても、以下の理由により、被告は原告に対し本件出向を命ずる権限を有する。

(一) 被告における出向事例

被告における従来の出向事例としては、<1>エイエムマリタイム株式会社への出向、小松甲三(昭和五六年六月一日より昭和五八年七月一日まで)、稲井英明(昭和五六年八月二四日より昭和五八年五月一日まで)、<2>ジム・アメリカン・イスラエリ・シッピング・カンパニーへの出向、長尾行信と中島哲三(同社への出向は昭和五四年一〇月より開始し、現在に至っている。)がある。

(二) 出向命令権の根拠

(1) 本件出向は、被告との労働契約関係を休職とし、出向先との間で新たに労働契約を締結するいわゆる休職派遣である。

(2) 原告入社の昭和三三年当時には被告には就業規則がなく、同三五年二月に制定された就業規則にも出向に関する定めはなかった。

(3) 被告はゴールド・マリタイム労働組合(以下単に「労働組合」という。)との間で、昭和四七年三月三日、組合員の配置転換による転勤及び出向に関する労働協約(以下「本件労働協約」という。)を締結した。

(4) 被告は、昭和五七年九月一日施行の改正就業規則に出向の定めを明記し、これに付随するものとして同日施行の出向規程を制定し、出向に関し人事、服務、賃金等の労働条件について規定した。

(5) 被告は、賃金規定その他の労働条件について、労働組合との間で合意に達し労働協約が成立した事項及びその内容については、非組合員にもすべてこれを準用することとしている。原告は本件出向命令当時組合員ではないので、本件労働協約の適用を受けないとしても、被告は従業員を代表する労働組合との間で出向についての同意を得て労働協約を締結し、それに基づいて就業規則上出向の定め及び出向規程を制定し、出向義務が具体的かつ明確に規定されたのであるから、出向者の同意の有無を問わず当然出向を命ずる権限を有する。

(三) 業務上の必要性等

(1) 辰巳商会は、被告の大阪南港コンテナーターミナルにおける下請業者であり、被告との間で締結されたターミナルオペレーション契約に基づきコンテナーの受け入れや送り出し、本船への積み込みや荷卸し等の荷役作業並びにこれらに関する書類の作成や整備を行っている。被告の大阪南港事務所は辰巳商会内に置かれている。

(2) 被告は、業務提携先である辰巳商会との間で業務委託提携関係を緊密かつ強化するため、人事交流を行うこととし辰巳商会から出向者を一名受け入れていたが、被告から出向させていなかったため、原告を同社に出向させ両者間の派遣人事の不均衡を解消するとともに、原告に対する関係では一応三年間の出向という冷却期間をおく意味もあり本件出向を命じた。

(3) 前記のように原告の勤務状況、原告の能力及び協調性の欠如からして原告を被告内において配置することは極めて困難であった。

(4) 原告の辰巳商会における職種並びに職位は、被告における降格後のそれに対応したものが用意され、出向期間は三年と明示されており、原告には通勤、賃金、身分等につき特段の不利益はない。

3  本件解雇に至る経緯

(一) 被告は原告に対し、昭和五九年一一月三〇日付け書面で辰巳商会への着任日を同年一二月六日に変更する旨通知した。原告も被告に対し、同年一一月三〇日付け書面で同年一二月六日まで年次有給休暇を取得する旨の意思表示をした。

(二) 被告は原告に対し、同月三日付け書面で同月六日に辰巳商会に着任して同社の浜口取締役から指示を受けるよう命じ、右六日の有給休暇を許可しない旨通告した。

(三) 原告は被告に対し、同月六日付け書面で、同月七日から同月二八日まで年次有給休暇を取得する旨通告して、同月六日には辰巳商会に着任しなかった。

(四) 被告は原告に対し、同月七日付け書面で辰巳商会に着任しなかった理由を書面で明らかにするよう求めるとともに直ちに着任するよう指示し、指示に従わない場合には懲戒処分もありうることを示唆した。更に、同月一〇日付け書面で直ちに着任するよう重ねて指示し、右有給休暇については着任後改めて辰巳商会において取得手続をするよう指示した。

(五) 原告は、本件出向命令を拒否し辰巳商会に着任せず、被告の時季変更指示を無視し、有給休暇を取得するとして欠勤した。

(六) 被告は原告に対し、同月二四日付け書面で、(1)正当な理由なく辰巳商会への出向を拒否したこと(就業規則四六条九号)、(2)上司の時季変更指示を無視して有給休暇を取得し、正当な理由なく長期欠勤したこと(就業規則四六条八号、四号)、(3)上司の業務上の指示命令を無視し、被告の定めた日までに出向先に着任しなかった理由を明らかにする書面を上司に提出しなかったこと(就業規則四六条八号)を理由として、就業規則四五条一項により同月二七日付けで諭旨解雇する旨の意思表示をした。

4  賃金額等について

(一) 原告の昭和六二年四月以降の賃金額は、長男の就職届出による家族手当の減少により、月額四六万七五八〇円となる。

(二) 被告は昭和六二年六月一二日、合理化に伴う措置として、課長及び役員補佐以上の管理職に対する役付手当を同月以降二分の一にする旨決定し、全管理職に通達のうえこれを実施している。被告は一方的に役付手当を減額することができるので、同月以降原告の賃金額は月額四五万六〇八〇円となる。

(三) 被告は昭和六〇年一月から昭和六二年三月までに、原告の負担すべき健康保険料、厚生年金掛金、雇用保険掛金及び源泉所得税合計金二四五万八九〇三円を支払ったので、遅延損害金の請求については元金から右金額を控除すべきである。

四  抗弁に対する認否及び反論

1(一)  抗弁1(一)の事実のうち、原告が昭和五六年一二月にビルマ部経理本部長となったことは認める。

(二)  同(二)の事実のうち、第一次解雇の意思表示は認めるが、その余は否認する。

(三)  同(三)及び(四)の事実は認める。

(四)  同(五)の事実は知らない。

(五)  同(六)の事実は認める。

(六)  同(七)の事実は否認する。

2(一)(1) 抗弁2(二)(1)、(2)及び(4)の事実、同(5)の事実のうち原告は本件出向命令当時組合員でないことは認めるが、被告が出向者の同意の有無を問わず出向を命ずる権限を有することは争う。

(2) 本件出向命令は、原告と出向先である辰巳商会との間で新たな労働契約を締結させる以上、労働契約の一身専属的性格から原告の個別的承諾を要するものであり(民法六二三条)、就業規則の規定を出向義務の根拠とすることはできない。

(3) 仮に就業規則の定めをもって労働者の同意に代わりうるとしても、被告の旧就業規則においては出向に関する規定がないこと、現行就業規則の配転に関する九条と出向に関する一〇条を比較すれば、一〇条は出向義務を定めたものとはいえないことからして、現行就業規則を出向義務の根拠とすることはできない。

(二)(1) 同(三)(1)の事実は、被告の大阪南港事務所の場所を除き認める。

(2) 同(2)の事実のうち、被告は辰巳商会からの出向者一名を受け入れていることは認めるが、辰巳商会は被告の業務提携先であること及び同社との間で派遣人事の不均衡を解消する必要があることは否認する。

(3) 同(3)の事実並びに同(4)の事実のうち原告に特段の不利益がないことは否認する。

(4) 被告と辰巳商会とは資本関係、役員関係がないこと、被告において勤務態度が悪いと主張する原告を出向対象者としていること、被告から原告に出向先での仕事の内容について何ら説明がないこと、現在まで原告に代わる者を辰巳商会へ出向させていないこと等からすれば、原告を辰巳商会へ出向させる業務上の必要性は存在しない。

3  抗弁3(一)ないし(六)の事実は認めるが、本件解雇の効力については争う。抗弁3(六)記載の解雇事由のうち、(1)の点は本件出向命令自体が無効であること、(2)の点は原告の有給休暇の届出に対し、被告は事業の正常な運営を阻害するおそれがないにもかかわらず不許可としたこと、(3)の点は、原告は被告に対し昭和五九年一一月三〇日付け及び同年一二月六日付け書面で出向に関する協議を申し入れたにもかかわらず、被告が拒否したことからして、原告には懲戒事由該当の行為はない。

4  抗弁4(一)の事実は認め、同(二)及び(三)は争う。

五  再抗弁

抗弁に対する認否及び反論2(二)(4)記載のとおり、原告を辰巳商会に出向させる業務上の必要性は存在しないこと、被告は原告を職場に戻す意思はなく、原告を他の社員から隔離し、本人に嫌気を起こさせたうえ自主退職させる目的のため本件出向を命じたこと、被告は原告から辰巳商会での労働条件、仕事内容について尋ねられているにもかかわらず、出向に応じて辰巳商会へ行ってから聞けという態度をとり、何ら具体的に説明しなかったこと等からして、本件出向命令は権利の濫用である。

六  再抗弁に対する認否

本件出向命令が権利の濫用であることは争う。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1の事実(当事者等)、同2の事実(本件出向命令)及び同3の事実(本件解雇の意思表示)は当事者間に争いがない。

二  本件出向命令及び本件解雇に至る経緯

1  抗弁1(一)の事実のうち原告が昭和五六年一二月にビルマ部経理本部長となったこと、同1(二)の事実のうち被告は昭和五九年二月一七日原告に対し懲戒解雇の意思表示をしたこと、同1(三)、(四)及び(六)の事実、並びに抗弁3(一)ないし(六)の事実は当事者間に争いがない。

2  (証拠略)を総合すれば、以下の事実が認められ、これに反する(証拠略)は採用しない。

(一)  原告は昭和三三年一二月被告に入社後ずっと神戸支店に勤務し、昭和五四年九月に神戸支店長代理から本社ロイヤルコンテナーライン本部長として転出し、昭和五六年一二月にビルマ部が新設され同部経理本部長となった。被告が、原告を神戸支店から本社へ配置換えしたのは、当時の神戸支店長と原告の折り合いが悪く、原告の勤務態度に問題があると判断し、本社総括責任者である斉藤取締役の指揮監督下におくためであった。

(二)  原告は、ビルマ部経理本部長となり、同部の管理責任者となってからも、しばしば無断早退や職場離脱があり、管理者としての職務を全うしていないため、被告は原告の勤務態度が不良であると評価していた。昭和五九年二月一六日、ビルマ部の四人の社員のうち二名が欠勤したうえビルマ船が入港し、同部の職務は社員の小丸が一人で対応していたにもかかわらず、原告は体調を崩しており指も腫れていたことから上司の許可を得ず午後三時過ぎころ早退した。

被告は同年二月一七日原告に対し、右一六日の早退等が就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するとして、同月二〇日付けで原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした。

(三)  被告は、第一次解雇を無効とする裁判所の判断を尊重し、原告に対する第一次解雇を取り消し原告を職場に復帰させることとし、原告の配置先について検討した。ビルマ部では斉藤取締役が部長を兼務しその指揮監督下で小丸が課長代理として十分職務を遂行していたので、原告を原職に復帰させる余地はなかった。被告は、神戸支店や本社の各責任者に原告の受け入れを打診したところ、いずれも原告を受け入れた場合業務の遂行に責任が持てないとの理由で拒否されたため、原告を被告内に配置することはできないと判断し、原告を被告の下請先である辰巳商会に出向させることとした。

(四)  斉藤取締役は昭和五九年一一月二六日原告に対し、第一次解雇を取り消すとともに原告をビルマ部経理本部長から部長に降格させる旨の懲戒処分を通告し、併せて辰巳商会への出向を命じたが、その際右出向の必要性や辰巳商会での仕事内容や労働条件についての説明をしなかった。原告は、右説明がないこともあり、本件出向命令は自分を隔離し自主退職に追い込むための画策ではないかとの疑念を抱き、検討したうえで回答する旨述べ退社した。原告は帰途原告代理人方を訪れ、慎重に考えて対処するようにとの助言を受けた。

(五)  原告は同月二九日斉藤取締役と電話で話をした際、出向の必要性や辰巳商会での勤務条件について質問したが、同人からその説明はなかった。原告は同日辰巳商会の付近を下見した。

(六)  原告は同月三〇日出社して斉藤取締役と、辰巳商会に出向した場合の諸条件について話し合った。その際原告は、通勤、住居確保の問題、辰巳商会における休暇等の労働条件及び同社の就業規則の内容等について質問をしたが、斉藤取締役は辰巳商会の労働条件等については分からないので、同社の浜口取締役に直接尋ねるよう指示し、その後両者間では、原告が浜口取締役に会いに行くことを前提とする話合いがなされた。原告は帰途原告代理人方を訪れ、今後の対処について相談した。

(七)  原告は被告に対し、前記同三〇日付け及び同年一二月六日付け書面で、本件出向命令は違法であるのでその撤回を求めるとともに、原告の勤務条件についての協議を申し入れた。

三  本件出向命令に対する原告の承諾の有無

被告は原告が昭和五九年一一月三〇日本件出向命令を承諾した旨主張するので検討する。

昭和五九年一一月三〇日、原告と斉藤取締役間において、原告が辰巳商会に出向した場合の諸条件について話合いがされ、その際原告が同社の浜口取締役に会いに行くことを前提とする話がされたことは前認定のとおりであるが、他方、原告は被告から辰巳商会での仕事内容や労働条件について何ら説明がないこともあって、本件出向命令が自分を隔離し自主退職に追い込む画策ではないかとの疑念を抱いていたこと、原告は右三〇日の面談においても斉藤取締役に対し辰巳商会での労働条件について質問したが、同人は出向先で尋ねるよう指示しその場では説明しなかったこと、その後原告は被告に対し二度にわたり本件出向命令は違法でありその撤回を求めるとともに、勤務条件についての協議を申し入れたことも前認定のとおりであり、(証拠略)によれば右面談において原告は本件出向命令に対し明確な承諾をしていないことが認められ、これらの事実からすると、原告が本件出向命令を承諾したとは認め難い。

四  出向義務の根拠

1  出向を命ずるには、労働者の承諾その他これを法律上正当づける特段の根拠が必要であるところ、就業規則や労働協約に出向義務を明確に定めた条項がある場合は右特段の根拠にあたり、使用者は出向命令権を有すると解すべきである。

2  本件労働協約による出向義務について検討する。

(一)  (証拠略)によれば、被告は昭和四七年三月三日労働組合との間で本件労働協約を締結したこと、原告は右締結当時右組合の執行委員長であったこと、原告は昭和五三年ころ管理職になったことを契機に労働組合を脱退したことが認められる(本件出向命令当時原告が組合員でないことは当事者間に争いがない。)。原告は、本件出向命令当時右組合から脱退していた以上本件労働協約の適用を受ける理由はなく、また他の理由により原告が右協約の適用を受けるとの主張立証はない。

(二)  のみならず、(証拠略)によれば、本件労働協約には使用者が出向を命ずることができる等の労働者の出向義務の発生自体を明確に定めた規定はないことが認められ、本件労働協約は全体の趣旨からして、出向が行われる場合の組合員の利益保護のための協約であり、組合員の出向義務を定めたものとは認められない。

(三)  以上のように、被告は本件労働協約に基づき原告に出向を命ずることはできない。

3  次に、就業規則及び出向規程に基づく出向義務について検討する。

(一)  原告の入社当時において就業規則はなく、昭和三五年に制定された就業規則にも出向に関する定めはなかったこと、昭和五七年九月一日施行の改正就業規則(以下「改正就業規則」ということがある。)において出向に関する規定(以下「本件出向規定」という。)が盛り込まれ、被告はこれに付随するものとして同日施行の出向規程を制定したことは当事者間に争いがない。

(二)  新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないが、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解されるので、以下本件出向規定の新設によって労働者の被る不利益及び本件出向規定を設けることの合理性について検討する。

(三)  (証拠略)によれば、改正就業規則一〇条には「会社は従業員に対し、他の会社または団体に出向して勤務をさせることがある。出向については身分、労働条件を保障し、かつ別に定める従業員出向規程にもとづき行う。」と規定され、同四六条九号では正当な理由なく出向を拒んだことを懲戒事由としていること、出向規程においては、出向期間を原則として三年以内とする旨、給与及び賞与は被告が支給し、給与及び賞与の額、昇給及び昇進、役職及び身分、人事や福利厚生等について社内勤務者と同様とする旨、服務規律、労働時間、休暇等の労働条件については出向先の就業規則による旨各定められていることが認められる。

(四)  (証拠略)によれば、被告は、昭和五六年から同五八年までの間にエイエムマリタイム株式会社へ二名、昭和五四年からジム・アメリカン・イスラエリ・シッピング・カンパニーへ二名出向させており、右ジム・アメリカンへの出向者はアメリカ合衆国に駐在していることが認められる。

(五)  労働者がいかなる使用者の指揮命令下で労務を提供するかということは労働契約における重要な要素であるから、就業規則に出向義務を新たに規定することは一般的に労働者にとって不利益な就業規則の変更にあたると解されるところ、本件の場合は就業規則及び出向規程上出向先として「他の会社または団体」と定められているのみで、出向先及び出向を命ずる場合を限定する規定はなく、極めて包括的な条項となっていること、前記認定のとおり出向先を海外とする者や、本件出向命令のように被告にとって不要と考える社員を会社から追放するために出向が用いられていることからすると、前記認定のとおり出向期間が三年以内とされ、身分や賃金等の面で保障されているとはいっても、労働者が被る不利益は少なくないというべきである。

(六)  次に、本件出向規定を設けることの合理性について検討する。

(1) (証拠略)によれば、被告は、ターミナル業務など新たな業務を取り扱う必要から、港湾業者との協力関係の強化推進のため、改正就業規則に出向規定を設けたことが認められるが、それ以上の具体的な必要性については認めるに足る証拠はない。

(2) 被告は、本件出向規定を設けることに労働組合が同意したことを合理性の一事情として主張するが、本件労働協約が従業員の出向義務を定めたものとは認められないことは前述のとおりである。仮に本件労働協約から出向義務を肯定する余地があるとしても、(証拠略)によれば、本件労働協約では、出向先は被告と資本的又は業務上密接なつながりをもつ関連法人に限定されており、組合員が出向期間の短縮を申し入れた場合には被告は善処する旨規定されていること、出向については人事異動に関する労働協約が適用され、本人の希望、健康、生活条件等を十分考慮し、労働組合と事前協議のうえ実施されることが認められるが、改正就業規則及び出向規程ではこのような労働者保護の規定はないことからして、本件労働協約を締結したことにより労働組合が本件出向規定に同意したとはいえない。

(3) 他に本件出向規定を新設したことの合理性を裏付ける証拠はない。

(七)  本件出向規定及び出向拒否を懲戒事由とする規定を就業規則に新設したことは、労働者に不利な労働条件を課するものであるところ、右(六)認定の事実からでは当該各規定の新設が合理的であるとは認め難いから、本件出向規定及びその拒否を懲戒事由とする規定は原告に対し効力を生じないというべきである。

4  以上検討のとおり、原告が本件出向命令に従う義務を負うとは認められない。

五  本件解雇事由

1  次に本件解雇事由について検討する。

原告は出向義務を負わないし、原告に対しては正当な理由なく出向を拒んだときを懲戒事由とする就業規則四六条九号の規定の効力が及ばないことは、前説示のとおりであるから、原告が本件出向命令を拒絶したことは懲戒処分事由とはならない。

2  原告の昭和五九年一二月三日から同月二八日までの有給休暇取得に対し、被告が早急に辰巳商会へ着任すべき業務上の必要性があることを理由に同月六日以降の休暇につき時季変更権を行使したにもかかわらず、原告がこれに従わずに長期欠勤した点については、原告は時季変更権行使の理由となる本件出向命令に従う義務を負わない以上、右時季変更権の行使に正当な理由はなく、原告はその届出のとおり有給休暇を有効に取得することができるので、原告の右所為は就業規則四六条八号、四号所定の懲戒事由(上司の業務上の指示、命令に従わなかったとき。正当な理由のない欠勤をしたとき。)に該当しない。

3  原告が、被告から出向先に着任しなかった理由を書面で明らかにするように命じられたにもかかわらず、右書面を提出しなかった点については、原告が右書面を提出しなくともその理由については前記二2(七)認定のとおり原告から被告に宛てた書面により明らかにされているところであって、形式的に右所為が就業規則四六条八号に該当するとしても軽微なものであり、本件解雇を正当化する事由とはなりえない。

4  したがって、本件解雇には正当な理由がなく無効であるから、原告は被告に対し労働契約上の地位を有するというべきである。

六  賃金額

1  そこで、本件解雇後の原告の受けるべき賃金、一時金の額について判断する。

2  昭和五九年一二月時点の原告の賃金月額が、<1>基本給四〇万〇五〇〇円、<2>家族手当二万一五〇〇円、<3>役付手当二万三〇〇〇円、<4>福利厚生援助金六五八〇円の合計四五万一五八〇円であることは当事者間に争いがない。

3  (証拠略)によれば、原告の基本給は昭和六〇年四月以降月額四一万七〇〇〇円、昭和六一年四月以降月額四一万七〇〇〇円となったこと、右2の<2>ないし<4>の金額については変わらないことが認められるから、昭和六〇年四月時点の賃金月額は合計四六万三〇八〇円、昭和六一年四月時点の賃金月額は合計四六万八〇八〇円となる。

4  昭和六二年四月以降の原告の賃金月額が、長男の就職届出による家族手当減少によって、四六万七五八〇円となったことは当事者間に争いがない。

5  被告は昭和六二年六月以降役付手当を二分の一に減額した旨主張するが、右減額は労働条件の一方的な不利益変更であるから、特段の事情がない限り原告の同意を要するところ、抗弁4(二)記載程度の事情では右特段の事情とはいえず、原告に対しては右減額の効力は及ばない。

6  (証拠略)によれば、被告は、労働組合との間で、昭和六〇年度及び六一年度の一時金について各基本給及び家族手当の合計の六か月分とし、六月と一二月に各三か月分ずつ支給する旨の労働協約を締結したこと、被告は右労働協約を非組合員にも準用し、右割合の一時金を組合員のみならず非組合員にも支給したことが認められるので、非組合員である原告も右割合による一時金を受給する権利を有するというべきである。したがって、原告は昭和六〇年度の一時金として合計二六〇万一〇〇〇円、昭和六一年度の一時金として合計二六三万一〇〇〇円を受給する権利を有する。

7  被告は原告の負担すべき源泉所得税等二四五万八九〇三円を支払った旨主張するが、それを認めるに足る証拠はないし、(証拠略)によれば、支払がなされたとしても賃金仮払等を認めた大阪地方裁判所の仮処分決定に基づき仮に支払われたものにすぎないことが認められ、原告に対する関係では弁済としての効力は生じないから、遅延損害金の請求について右金額を元金から控除すべきであるとする被告の主張は失当である。

8  以上検討のとおり、昭和六〇年一月から昭和六二年三月までの賃金及び一時金の合計額は請求原因7のとおり一七七六万〇六六〇円となる。そして、昭和六二年四月以降原告に支給されるべき額は月額四六万七五八〇円であり、弁論の全趣旨によれば賃金は毎月二五日払であることが認められる。

七  結論

よって、原告の本訴請求は、原告が被告に対し労働契約上の地位を有することの確認、右労働契約上の賃金請求権に基づき一七七六万〇六六〇円及び内金三二五万二二六〇円に対する昭和六三年四月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、並びに昭和六二年四月以降毎月二五日限り月額四六万七五八〇円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を(主文第一項についての仮執行宣言の申立は、相当でないからこれを却下する。)、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋哲夫)

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